第3話 「おなじとき、そのあいだ」('97.10.15)

 駒場東大前と来れば、もちろん東京大学の教養学部がまっさきに思い浮かぶ。しかし、東大のキャンパスだからといって、学問の府を象徴する建物ばかりというのは早計である。大学につきものの生協の近所には、往年のシックな建物が軒を連ねている。いずれも寮として使われていた(いる?)もので、何やら保存か解体かをめぐってひと悶着あるようだ。その寮の一つである「中寮」が実はギャラリーを擁しているなんてことは、よほどの事情通でもなければ知る由もない。学問の府、故に表現活動を保証する空間もあるのだと思えば、合点がいく。とにかく駒場東大というところは奥が深そうだ。

971015_1.jpg 中寮ギャラリーと言うからには、それなりの案内板や標識があるのだろうと思いきや、建物の前に着くまでこれといったものが見当たらない。寮の玄関の上部に「中寮」と古めかしく、かつでかでかと表示してあるばかりである。日中ならまだしも、辺りが暗くなってからでは、このギャラリーにたどり着くのは至難なのでは、などと思いながら目当ての個展会場へと足を向ける。

 ここ数ヶ月来の知り合いであるY.A.さんがこの場を使って個展を開くと言う。うまく言えないが、寮特有の粗雑さや空疎さといったものをうまく活かしたこのギャラリーは、小規模な個展にはうってつけだと思った。深川の近所の佐賀町というところにも、倉庫をそのままアートスペースとして転用しているギャラリーがある。倉庫が持つ虚ろな開放感が心地よく、特に現代的な出展物には妙にマッチするようだ、という印象を持ったものである。これと同じように、寮の大部屋のガランとした感じ、壁の不自然な白さといったものが作品を引き立たせているように感じた。本人に尋ねると、一日あたり300円で貸し切れるということもあって、この場所を選んだのだと言う。でもやはり自分の作品をわかっていないとそう易々といい場所は選べないと思う。

 案内状を見る限り、コラージュを使った絵画展かと思っていたが、入り口から聞こえるのは水泡がブクブク鳴る音。まず目に飛び込んできたのは、どうやって持ってきたのかと訝ってしまう家庭用円形プールだった。淡い色調のタイルが敷き詰められてあって、水が張ってある。チューブの先から泡がブクブク、である。見渡すと絵画らしきものはなく、いわゆるオブジェの展覧だった。こうしたオブジェ展は、それこそ佐賀町で見た以来で、ふだんあまりお目にかかれないということもあって、思いがけず楽しむことができた。

971015_2.jpg 「おなじとき、そのあいだ」というY.A.さんの個展。タイトルのついた作品は全部で3つだが、「おなじとき、そのあいだ」を体感するには、本人の解説があった方がいいようである。さっきのプールに話を戻すと、チューブからの泡の音を拾う仕掛けがしてあって、その音は黒電話とつながったもう一本のチューブを通じて受話器から聞けるようになっている。その音のあまりのリアルさに驚くと同時に、水泡が弾ける音の持つ躍動感を感じることができた。ちょっと離れてはいるものの、受話器を通じてまるで耳元でブクブクやっているような臨場感が、ある意味で「おなじとき」を感じることになるようだ。

 同じような原理で、「電話型聴診器」なる作品があった。聴診器で拾った音が受話器から聞こえる仕掛けである。聴診器は自分の心音に向けてもいいし、音や振動を発するそこらへんにあるものにあててもよさそうだ。一家に一台あると楽しそうである。自分の心音を電話の相手に伝えるなんてことができれば、これはもう遠隔医療の世界である。

 もう一つ「CHIZU」というタイトルの作品があったが、地図大好きの筆者がこれについてコメントしていると、とりとめなくなりそうなので控えることにする。Y.A.さんに多かれ少なかれ縁のある土地の地図の断片を貼りあわせたもので、そこここにラジオの伸縮アンテナを挿した水の入った牛乳ビンが置いてあって、各地が時空を超えて交信しあっているような印象を受けた。

 遠くにあっても「おなじとき」を共有しやすくなった現代社会にあって、その物理的な距離を縮められた「そのあいだ」について、考えてみたくなった。中寮ギャラリーは、縮めてはいけない時間的な「そのあいだ」について、その姿を保つことで語り継ごうとしている、そんな気を抱かせる。好企画でした。Y.A.さん、ありがとう。

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